MASANOBU IN PARIS,1990
写真・文:大内正伸
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帰国
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ツアーの皆々と添乗員氏はロンドンへ立ち、
僕の単独のパリ3日間の時間は再び街並観察や美術館めぐりに費やされた。
ドラクロアが最晩年に描いた壁画のあるサン・シュピルス教会に行った。
ここは観光客が行くような教会ではなく、ちょうど日曜日でミサが行なわれており、
皆が賛美歌を歌っているところへ、勝手に入り込んで絵を見させてもらうのだ。
なんとも厳かな体験だった。
数日前のルーブルで、ドラクロアの絵と邂逅を果たしていた。
その絵は僕が高校時代に油絵で初めて模写した1枚で、
この絵がルーブルにあるとは知らず、しかも「ドラクロアの部屋」になかったので
(おそらく「個人が寄贈したコレクションの部屋」だったのだろう)
不意をつかれた出会いでもあった。
広大な絵の回廊を、早足で見ていた最中だったのだが、
この絵の前で足が止まったのは言うまでもない。
パリに来てよかったことは、様々な絵と十分に語り合って
「自分の審美眼は信頼できるのかもしれない」と自信を持てたことだった。
時の流行や、マスコミの声とは無縁の、「美」の鉱脈と永遠の時間がこの地球上に流れている。
「お前がここに来るのをずっと待っていたんだ」
ドラクロアの絵が、そう語りかけてきた。
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レストランで食事を楽しむ金はない。最後の晩餐は魚屋で殻付き牡蠣を買い、
ホテルの流しでアーミーナイフで開いてレモンを絞って食べた。
念のためパリ在住の日本人ガイドを紹介してもらい、
最終日のドゴール空港での出発には道順や手配に万全を期し、そして、
無事スイスでツアー便に合流する。
チューリッヒへ向かう朝の機内はそのほとんどの乗客が
ネクタイをしめたビジネスマンであった。