WEB版「神流アトリエの山暮らし」/絵と文:大内正伸/写真:大内正伸+川本百合子
全体図|屋敷|石垣水道トイレと排水カマド囲炉裏



▼屋敷




黒光りした美しい板が現れた

借りている古民家は築年数およそ百年。大家さんのご厚意で改装も許されている。
古い畳を外し、床を雑巾でくり返し拭いた。
汚れたバケツの水を何度も換えると、黒光りした美しい板が現れた。
建て具を補修し、台所の改修を急いだ。
ここで越す初めての冬はさすがに寒かったが、おかげで屋敷に愛着が生まれた。

 山暮らしの家はこまめな管理が必要だ。中でも湿気と雨水から建物をどう守るかが重要で、
人が住まなくなると室内に湿気がこもり、傷みが早まる。
 この屋敷では防風のために育てられたシラカシの大樹が、屋根にかぶさるように枝を伸ばしていた。
秋にはそのドングリや雑木の落ち葉が雨樋をふさぎ、溢れた雨水が屋根からしたたり落ちて跳ねる。
そんな個所は決まって壁や土台が傷んでいるのだった。そこで屋根に登り、雨樋を掃除し、
配管を接続しなおし、シラカシの枝伐りをした。ひどく傷んだ台所角の柱は切断して継ぎ足した。

 広くて補修改修個所が多く、すきま風も加わって掃除が追いつかない。
そんな屋敷だが、僕らはここに大いなる魅力を感じているのだ。



台所側から見たところ

 
柱はスギとヒノキ、梁はマツとケヤキが使われている。玄関の格子模様が美しい


かつての蚕室をギャラリーに

装飾はほとんどない建物だが、壁を囲む柱や梁の水平垂直の軸線が美しく、
自然の法則に誠実に向かった健やかさがある。
 民家の形式はその土地の風土、素材、そして歴史的経緯によって生まれるもので、
ここ群馬県西部では養蚕農家として独自のかたちができた。

 この屋敷が築かれたのは、養蚕が奨励され、上州産の生糸が輸出されて経済をゆるがした時代であった。
切り妻屋根、総二階で長方形の箱型、二階はかつて養蚕の作業スペースで、蚕を温めるための炉があり、
通風と採光のために天井は高く、換気窓が設けられている。神流川流域の民家は多くがこの形で、
これに風呂と台所部分が付いたシンプルな形だ。

 現在、養蚕を止めてしまった農家がほとんどで、二階は物置きになっている例が多い。
しかし、二階の大空間は改装すればアトリエ・ギャラリースペースに最適だ。内部には化粧合板の補修も見えるが、
できるだけ金をかけず無垢の自然素材で、新たな発想で美しく改装することを模索中である。





土壁、囲炉裏、石垣の補修

 木と土で造られた古民家は、補修や改装も容易である。素材は周囲に満ちている。
間伐を待つスギ・ヒノキ林が木材を供給してくれるし、壁土用の粘土も探せば山にある。
土壁はとりあえず緊急個所だけ補修したが、
いずれ竹で小舞(こまい)を組んで本格的な補修にかかろうと考えている。

 剪定したカシの枝などはいい薪になる。囲炉裏を復活させようと思っている。
囲炉裏の煙は家に防腐効果を与えるが、いまどき室内を始終煙らせているわけにもいかない。
試運転したのち、換気扇で煙を外に出してしまう手も考えている。

 石垣の周りの潅木刈りも重要だ。
雨で石垣裏の土が流れ、天端の土が窪んでいたら、
そこに小石などを補充する必要がある。
 繁茂していた草木を伐り、敷地がすっきり見えてくると、自然素材を巧みに利用し、
地形を的確に捉えた先人たちの仕事ぶりに驚かされる。

石垣で構成された敷地全体があたかも「庭園」のように立ち現れてくるのだった。■



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