WEB版「神流アトリエの山暮らし」/絵と文:大内正伸/写真:大内正伸+川本百合子
全体図屋敷石垣|畑|水道トイレと排水カマド囲炉裏



▼畑




放置畑からの出発

山に移住した翌年の春、畑仕事を開始した。傾斜畑で、二年ほど放置された場所だった。
石垣は緑で覆われ、地面は背丈にもなる雑草が茂り、土を起こすと前住者が施したビニールマルチの跡もあった。
まずは枯れ草やビニールを取り去った。

 しかしその後、どこから手をつけていいか考え込んでいたところ、下に住むYさん(八四歳)が
「ジャガイモの種芋が余っているから君たちも植えるといい」と声をかけてくれ、
農具まで貸してくれた。お隣のIさん(七七歳)からは分けつした小ネギを大量にいただき、
それを一本に分けて植えていった。さらにマメ類のタネやモロヘイヤ、ミニトマト、ラッキョウの苗を貰って植え、
農協から購入した様々なタネを播いた。




 

 

自然農を、身近な素材で

   唐鍬で地面を掘り起こし、その中の雑草を根ごと取り去り、ウネを立てる。
僕も相方も都会育ちで畑経験はゼロに近い。最初は鍬の使い方さえわからなかった。
しかし傾斜地なので、下の土が落ちないよう効率よく耕すとき、おのずと格好が定まってくる。

 放置されていたぶん雑草を駆逐するのは大変だが、除草剤などは使いたくない。
雑草があることで土の流れるのを防いでくれるし、様々な生きもののうごめく生命ある畑に魅力を感じる。
肥料も化学的なものや動物糞のものは使いたくない。周囲には落ち葉や刈草が山のようにあり、
薪火を使うので木灰が出る。畑に入れるのは結局この木質堆肥と灰に落ち着いた。

 それにしても夏草の旺盛さに驚かされた。作物を覆う雑草を刈り遅れたり、
作物がほとんど育たない失敗例もあった。収穫前にイノシシにジャガイモを掘られ、
あわてて廃材トタンの防護柵を作った。

 身近な素材で、エンジン機器も使わずに、この土地でゼロから自然農を始めてどの程度の収穫ができるのか。
石垣で構成された小さな緩斜面は他にもいくつかあり、それぞれ日当たりなどの条件がちがう。
雑草と作物、昆虫や動物のサイクルを確かめながら、観察と実験の九カ月が過ぎた。


食と連動する畑作の愉しみ
  

 たとえば収穫したジャガイモの美味しさ、もぎたてのオクラや二十日大根やカブの味は、
繊細な甘みを持つ感動的なものだった。晩秋に入ってソバの刈り入れが終わり、マメ類の収穫時期がきた。
夏に雑草に埋もれて手こずったニンジンも小さいながら育ち、新豆と野菜のスープを作ってみた。

すべて畑の産物によるスープの味(調味料は塩だけ)に僕らは驚き、顔を見合わせた。
それは山水や薪火の力もあるのかもしれないが、今までに経験したことのない、味の「力」と「深さ」だった。

 米がとれないこの地方のかつての主食は小麦やソバ、トウモロコシ、粟などの雑穀による粉食で、
「おきりこみ」と呼ばれる手打ちうどんが囲炉裏で毎日のように食べられていた。
しかし薪が潤沢に使えるなら、石窯による自家製パンなどは魅力的な主食の選択肢だ。

放置された畑は周囲にたくさんある。麦を自給してみたい。
新たな料理の視座から次シーズンの作付けを考えるのが、また愉しみなのだ。




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