●自著紹介
図解 これならできる山を育てる道づくり
安くて長もち、四万十式作業道のすべて

 

大内正伸 著・田邊由喜男 監修
発行/農山漁村文化協会
価格/1,950円(税込)


●農林業と土木技術

日本の自然は豊かで森の国だとはいうけれど、列島の自然は過酷である。地形急峻で雨は梅雨と台風があり、日本海側では豪雪。しかも火山国で岩石はもろく、地震もある。一方で豊かな水と夏は日照が長く高温になるという条件が、植物を繁茂させる。厳しい気象条件だが、土地に手をかけることで、様々な生活の基盤となる植物を育てやすいのだ。たとえば日本の稲作は、気の遠くなるような土木工事の連続で平野をつくり水路を張り巡らせ、それを根気よく補修することで育まれてきた。

近代のエンジン機器とコンクリート土木がそれに革命を与えた。土も岩も軽々と運んでしまうブルドーザー。水をくみ上げるポンプ。漏らさず崩れることなく草も生えないコンクリート水路。それはたしかに「土地に手をかける」重労働から人々を解放し、多大な恵みをもたらした。

しかしその弊害も大きかった。気がつくと国土はコンクリートだらけになっており、虫たちも鳥たちも魚たちも激減してしまった。屋根のない工場で生産しているかのような田畑。野生生物の目でみれば荒涼とした風が吹いており、水路で戯れる子供も釣りの老人もいない。

「考えてみればつい三世代前まで、日本人は男も女も子供たちも、みな水の土木技術者であった。水の技術者だから、森林のことも土壌のことも分かっていた」(富山和子著『日本人の米』中公新書、225ページ)。ところが、土地改良事業をやった所では、これまで農村の共同体がしてきた維持管理を、建設業者がやるようになってしまった。そして国民の多くが山林に背を向けているのは周知の通りである。

●日本に合った林道とは?

月刊『現代農業』誌上で林道づくりの技術連載をやろうということになって、そんな話題が農業読者に受け入れられるのか? と少々不安であったが、始めてみると意外や各方面から好評に迎えられた。おそらく農業に携わる人は、上記のような土木技術の手触りが何代にもDNAに記憶され、血が騒いだのではないか。

四万十式作業道は、急峻で雨の多い日本の山に崩れない道をつける技術である。山から木材を取り出すには、これまで皆伐して架線で集材すること主流であったが、現在の山の状況は間伐を中心にしたほうが将来的にも合理的なのだ。ところが、山に細かく道を入れて、高性能機械で木を取り出すヨーロッパのような方法は、一部で行われてはいるが、多くの地域では急峻でそんな道をつければ雨ですぐに崩れる。実際、道をつけたはいいが台風で崩れて通行不能というところはたくさんあり、補助金で買った大型高性能林業機械が倉庫で眠っていたりするのだ。

これまで不可能と思われていたその方法を、四万十式はローコストで可能にしたのである。その原理を簡単に言うなら「雨による被害を徹底して避ける工夫をする」「土と植物の力を活かす」という点にある。

●雨を避け、植物を活かす知恵

林道を壊す最大の敵は雨である。四万十式は「切土を低く垂直に」し、道の勾配を水が逃げるように工夫する。また、沢の横断は暗渠や橋でなく「洗い越し」という方法をとる。切土を低く垂直にすれば土の露出部の雨による被害は少ない。ただし急峻な山で低い切土を保つには、道幅は2.5〜3.0m以内におさめる必要があり、かつ従来の切土だけでつくる方法では不可能で、盛土も重視しなければならない。この「半切り・半盛り」という方法は残土が出ないので、環境的にも優しい。



盛土の中には「表土」と支障木の「根株」(これらは近代土木工法の中ではゴミとして排除されるものだ)を挿入する。これが四万十式の最も独創的なアイデアといっていい。タネや植物繊維が含まれた栄養豊かな表土を、盛土のり面にはさみ込むことで自然緑化を促すのだ。また根株は方向を考えて挿入することで土留め構造物として働く。また、広葉樹根株は萌芽するので緑化素材ともなり、それらが根を張って盛土の表面を保護する。




これらはすべて現地調達素材であり、ムリがなくムダがない。土を落とすことなく緑化も早いので遠目には林道が入っているのが分からないほどだ。ただしこれは、高性能バックホーが出現して初めて可能になった技術である。



●多くの読者にこの本を

このような画期的な方法が、なぜ埋もれていたのか? 近代日本では林学も土木技術もヨーロッパから輸入したが、植物の茂り方は日本とあまりにも違う。造林しても下草刈りが不要というかの地では、盛土に表土を用いても人工的に水を与えなければ緑化できないのではなかろうか。

冒頭に戻れば、昔の農山魚村では「土と植物の力を活かす」土木技術を徹底して行ってきた。四万十式作業道はその延長にあり、言い換えれば「現代の道具で昔の道をつくる」技術だ。

先日、この本の監修者である高知県四万十町の田邊さんの元を訪れ、本の完成を喜び合った。田邊さんは作業道の指導に全国を飛び回っており、愛用のトラックは2年間で6万キロを走ったという。その四万十町で「林業や林道をまったく知らない私でも、解りやすくてとても面白かった」と、女性読者から言われた。

単なる技術書としてだけでなく、様々な見方で多くの方々にぜひこの本を楽しんでもらいたい■


(初出/山崎農研・所報『耕』No.115/2008.4.30)

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図1)  四万十式作業道の工事図と、盛土の断面図
図2) 大雨でも崩れない洗い越しの構造図
図3)  四万十式作業道をつくるバックホーの様々な動き






2011.7.25 福井講演 You Tube 動画






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